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卵焼き (\650円)
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もりそば (\550)
大もり (\800)
でも、本当のしあわせは、小皿にちょこんとのせられたネギと山葵のようなものかもしれない。
某テレビ局で仕事。待ち合わせまでに時間があったので、小腹がすいていたことを幸いと、超久しぶりに再訪。
いつ以来だろう。蕎麦屋めぐりをしていた頃だったから、随分前のことだ。小上がりでビールを飲んだ。玉子焼きに焼き鳥、焼のりも頼んだっけ。焼ものばっかりだ。肝心の蕎麦の印象がない。居心地はよかったけれど、当時の自分にとっては「理想的な蕎麦屋」ではなく、気持ち的には素通りだった。もっと上品な静けさを求めていたんだと思う。あの頃のことはあまりよく憶えていないのだけれど。
夕方。1645ぐらいだったかなあ。テーブル席はほとんどうまっている。ひとりで小瓶ビールを傾けているサラリーマンもいれば、やや賑やかな年輩男性三人組もいる。
蕎麦屋で酒を頼まないのは随分久しぶりだ。仕事直前ということもあったが、温かい蕎麦が食べたいだけだった。せいろは飲まなきゃ食べられない。最近、せいろより、温かい蕎麦に心惹かれる。
たまごとじにときめいたが、夕食が卵ものだと聞いていたので、軽く逡巡して天ぷら蕎麦にする。
蕎麦屋めぐりをしていた時代、天ぷらはもっぱら酒のつまみであり、単品か、せいぜい天せいろぐらいだった。京都のうどん屋「萬樹」の天ぷらと出逢ってから、蕎麦屋の天ぷらに期待しなくなった。
どてーっと、大ぶりな海老の天ぷらがのった温かい蕎麦は美しくない。天丼は食欲をそそるが、天ぷら蕎麦は視覚的に私の気持ちをダウンさせる。別添えの店も多いが、だったら酒を飲りたくなる。単品で頼んで、酒を飲み、かけで〆ればいいだけのことだ。
天ぷら蕎麦を食べるのはいったい何年ぶりだろう。ひょっとすると今世紀初だ。
水。
そして、ネギと山葵をのせた小皿が供される。
さほど待たされることなく、天ぷら蕎麦が到着した。
まるいかきあげが、蕎麦のふたをしている。
沈んでいる。汁をすって飴色になっている天ぷら。
丼は小ぶりだ。蕎麦も少なめ。
かきあげをひとかみすると、誰かの耳たぶに触れたようなドキドキする安堵が降りてきた。
甘くも辛くもないつゆ。絶妙ではなく、さり気なく、当たり前にそこにいる。
手ぶらで立っている。押してこない。待ってもいない。素敵だ。
蕎麦には弱さがある。洗練と素朴のあいだに横たわる深く長いエリアに漂っているが、ヌケがゆるく、しぶとさが足りない。かといって軽快なわけでもなく、やや野暮ったい。
だが、汁のふくよかさが、蕎麦の弱さを包み込む。そのやさしさ。そのあたたかさ。
小さな海老がひょいと顔を出す、茶目っ気のあるタイミング。したたか汁をすいこんでも、意外にくずれない天ぷらの懐深さが頼もしい。
ふと小皿が目に入った。見るからに気の強そうなネギだ。少し入れて食べてみる。
悪くない。
全部投入。思い切って山葵も投入。
温かい蕎麦に山葵を入れたのは生まれて初めてだ。
何かが起こったわけではない。何も起こらなかった。
だが、何も起こらないことに、私はしあわせを感じた。
ネギと山葵を入れても美味しいし、入れなくても美味しかった。
ネギと山葵が、この天ぷら蕎麦の美味しさを際立たせることもなければ、邪魔をすることもなかった。
つまり、入れても、入れなくても同じことなのだ。
もちろん味わいは変わってるのだろう。だが、美味しさは微塵も変化しなかった。
だったら、そんな薬味、出さなきゃいいんじゃないの?
そんな意見もごもっとも。
だけど。なきゃいけない。この小皿、なきゃいけないものだ。
しあわせって、このぐらい、さり気ないものだと思う。
それがなくても生きてけるかもしれない。
でも、あったほうが、絶対にいい。
小さなのれんをのぞむ席だった。裏返しの店名が風に吹かれている。
酒を飲まない蕎麦屋のすがすがしさに、ようやく気づいた。
蕎麦湯のあとに飲んだ水が、心底旨かった。